tichiki’s blog

共働き夫婦世帯の楽しみと葛藤。仙台にて

働き方改革って、アホか

子育てしながら働きやすい環境を整えようと、社を挙げて実施するイベント時の託児から検討したところ、「会社が託児制度を作ると、子どもを預けてまで働きたくない人に不利になる」という理由で却下され、「無理をせず金勤務可能な時間を所属長に申告してください」とのお触れが回る事態に。働き方改革ってそっち⁈頑張りたい人を応援するのではなく、頑張りたくない人が頑張らなくて済むようにするんだね。「働き方改革」じゃなくて、「働かない改革」なんだね。ただでさえ人材不足でリクルートに苦労してるっていうのに。

親の気持ちを知る

子供を持てば親の苦労が分かる、感謝の念が湧くと言うけれど、全然湧かなかった。親の苦労は親の苦労、私の苦労は私の苦労だと思った。それも幸せな苦労だし、ぐらいの気分。それより、与えられなかったものを数えては恨んだりしてみた。しかし。

今さらながら「悼む人」を読んだ。人は一生のうちで「必ず」誰かに愛されている。忘れ去られて良い命などない。
わたしは、とふと思った時、腕の中に娘が眠っていた。無条件で宇宙一愛しい存在。将来を想像すると震えるほど。きっとわたしの母も、これほどに、どうしようもないほどにわたしを愛したに違いない。無意味に強く抱きしめたり、可愛すぎて泣けてきたり、大好きと百万回言っても足りないくらいに。世界中でいま、自分が一番幸せなんじゃないかと申し訳なくなるほど。
腕の中の娘を、わたしの名前で呼んでみた。母が40年前にそうしたように。やっぱり涙が出てきた。幸せで、幸せで。そうやって母の思いにシンクロしてみたら、何を与えられようとも、何を与えられなかったとしても、わたしは泣けるほど愛されていたことを確信できた。
わたしの場合、苦労に対する感謝などではなく、自分が心から愛されていた証拠を得られるのが、自分が親になることの副産物だった。母の動きが無駄に速くて雑なのは子どもがお腹を空かせないように、と急いだことの後遺症だし、なぜかトイレの扉を開けて用を足すのは、子どもが泣いているのが聞こえるように、またはトイレから声をかけるため、の後遺症。と、いま自分がそうしてから気づいた。
感謝、というよりは、そうやってわたし達を愛してくれた、完璧ではない1人の女性に対する愛しさに気づくことができた。物語に出てきた母親のように、死ぬ間際のことじゃなくてよかった。これから、わたしを愛してくれた愛しい存在を、できる限り大事にしようと、ようやく思えた。

だーいすき

お風呂あがり、「だーいすき」と言って抱きしめて、背中をぎゅっと掴んだらケタケタ笑ってくれた。思いがけなくて、嬉しかった。大好き、という言葉では表しきれない気もするけど、わかりやすい言葉でずっと伝えよう。だーいすき、ぎゅー、ができない年齢になっても、覚えていてくれたらいいなと思う。子どもが可愛くない親などいない、という一般論ではなく、私が、あなたを愛していることを疑う余地もないくらいに。
私の肩にも届かない短い腕をいっぱいに伸ばして私の腕に触れながら、おっぱいくわえて眠ってしまった。きっとこの子も私を好きでいてくれるんだと思う。笑顔が苦手なママなのに、思いがけないところで笑ってくれる。なるべく笑顔を見せてあげたいと思うんだけど、練習が必要。怖い顔で抱っこしてごめんね。
あかちゃん、と言葉にしてみる。もう、赤ちゃんというより子どもで、自分の人生を歩み始めた1人の人間に思えるこの子、でもやっぱり小さくて可愛い赤ちゃん。あかちゃんがこの腕の中にいるなんて、信じられないほどの幸運。過去でも未来でもなくいまを感じることが幸せへの近道と言うけれど、これまでのわたしには簡単なことではなかった。でもいま、この瞬間は幸せと、わたしにだって分かる。可愛い。天使が、わたしを信じて、安心して眠っている。愛しくて、幸福で、涙が出るよ。ありがとう。

うちの子だけ泣くんです

BCG集団接種。待ち時間もなく、心の準備する間もなく順番が回ってきました。こんなに空いてるならもっとお昼寝長くさせてから行けばよかった(*´Д`*)
BCGは痛くないので泣かないと聞いていたので、事前の診察で泣かなければ大丈夫だろうと思っていたら、片肌脱いで検温しただけで不安そうな顔に、、、「これは、注射の流れでは?」と気づいたぽい。診察では「やっぱり!!」と確信に変わり、既にギャン泣き。なんて賢い子なんだおまいは。
前の子は不思議そうにうちの子眺めながら余裕の摂取。ハンコ押された瞬間だけ「ふぇっ」となってたけどそれで終了。あー、あれが理想だったんだけどな、と思いながらうちの番。もちろん座っただけでギャン泣き。抱っこ仕方教わり、「お母さん頑張ってね」と言われたけど、うん、ぜんぜん平気。いつものことだから。がっつり押さえてやった。やれやれ。状況の把握が的確すぎて、赤ちゃんらしいぽやっとしたところがない。
怒るときも全力、笑うときも全力。ママがお風呂のフチに頭ぶつけて「イテっ」て言ったら笑った。もはややりとりが大人。赤ちゃん向けの「わーお」よりも幼児向けの「ブンバボン」の方が好きだし。
泣き虫で怒りん坊で甘えん坊で、手のかかる子だけど表情が素晴らしく豊かで愛しい子。

3ヶ月と4ヶ月はどうした?もう5ヶ月

育児日記は書いてるけど、まとめとして書いておくべきだった、、、あっという間に5ヶ月。
人の顔見るとニコニコ。先日は病院の待合室でなんか笑ってるからどうしたのかと思ったらよそのおばあちゃんと笑い合っていた。その割に人見知りなのか、抱っこされるとたちまち泣いてしまう。せっかく抱っこしてくれる人に申し訳ない。自分の体から分裂するみたいにこの世に出てきた子なので、この「申し訳ない」の気持ちはなんともリアルに自分の不始末のように思えるのでキツい。
ともあれ、とにかく可愛い。4ヶ月は一番可愛い時期だった、とデパートの赤ちゃん休憩室で会ったお母さんが言っていたけど、本当に可愛い。よく笑い、手足を動かし、かといって寝返りもまだ。赤ちゃんらしい、でも手がかからない黄金期かもしれない。なんて、今後もっともっと可愛くなるのかもしれないし。
こちょこちょで笑った、両手が出会った、哺乳瓶を持った、それらは偶然ではなくてこれから徐々に進歩する。前進あるのみ。このエネルギーをうまく使って発電できないものかと思ってしまう。
可愛くて、一緒にいたくて、ひとり寝のトレーニング、断乳などの情報もあるけれど、できることならいつまでもおっぱい飲んで欲しいくらい。夜は3回くらい起こされるけれど、夜3回この子に会えると思えば楽しみで。
ちゃんと生まれてくれるのか、それすら疑ってしまっていたわたしは、育児書の類を読んでこなかったけれど、本当は時間があるうちに読むべきだった。いろんなことを言う人がいるから、その中から情報を選ぶ力も必要。いま読んでしまうと、新生児の頃の抱き方とか泣き止ませ方とか、後悔することも。今から間に合うことは取り入れたいと思うのだけれど。

もう2ヶ月!

あっという間に2ヶ月になった。突然「ハイッ」と言ったのでドキッとしたが偶然だった。何か突然能力が開花するんじゃないかと思うほど、目に力があって、おしゃべりもよくする。泣き出したら新生児とは比べ物にならないほど悲痛でしぶとい。あやしたときに笑ってくれるのはまだ先にみたいだけれど、物を食べてみせると興味深そうに見つめて、偶然だとは思うけれど口をパクパクさせる。あーん、と人参を近づけてみたが口を開きはしなかった。開けたらビビるわ。
寝ぐずりもしぶとい。7時にお風呂から上がってミルク飲んで寝室に行くと、一度はおっぱい飲みながら眠りに落ちる。ところが5分で起きて、そこからが長い長い、、、抱っこさえしていれば機嫌よくあーうー言ってるけど、本格的に眠くなってくると大暴れしながら泣き止まなくなる。ミルク作るタイミング逃すとどうにもならない。「慣れた?」なんて聞かれるけど、毎日失敗を繰り返して生活リズムを探り続けてまだみつかっていないので、慣れるどころか迷路に迷い込んでしまった気分。
しかし、ひっくひっく言いながら肩にもたれかかるところとか、泣き笑いでおっぱいにむしゃぶりつく時とか、突然「ふーん」と泣くのを休む時とか、ひたすら可愛い。
ギャンギャン泣いてる声を聞いていると、関係ない母へのイライラとか夫への要望とか、無駄な感情が掻き立てられるのだが、陣痛の時のいきみ逃しのように呼吸法で流してゆきたい。

お母さん、というにはまだまだだけど

さて、本当に残しておきたい気持ちを書こう。

こんなに可愛い生き物が腕の中で眠っているなんて、どんなに高価な宝石でもかなわない。毎日夢のようで、儚すぎる。現実であることに早く納得して前に進まなければいけない。
生まれたばかりのあなたは可愛く泣いていて、ただ「来たの。声、可愛いね。顔はまだブサイクね」と正直に言うことしかできなかった。ありがとうとか、愛してるとか、言いたい言葉を選ぶことができなかった。
来たの。私のところに、来てくれたの。それだけ。

あの日指をぎゅっと握ってくれた小さな手も、どんどん大きくなってきた。あふあふいっていた泣き声も大きくなり、オムツを替えるときに抵抗する足の力も強くなってきた。
私の1ヶ月とは違うペースでこの子の1ヶ月が過ぎたようだ。

そういえば入院中、病院のベビーキャリアに眠っている小さなあなたの周りに、生まれてこなかったお兄ちゃん、お姉ちゃんがぴよぴよと嬉しそうにまとわりつくイメージが浮かんだ。「寝てるね」「可愛いね」「よかったね」って囁き合っている。あなたを守る天使。
そして、あなたが私たちの天使。

みんなが愛しているよ。ずっと変わらずに。
何も心配はいらない。あなたはあなたの人生を進めばいい。