tichiki’s blog

共働き夫婦世帯の楽しみと葛藤。仙台にて

一生の中で、幸せな時期

安定期に入って、安定したのは体より心かもしれない。
親にも伝え、周りも少しずつ理解してくれて、穏やかな気持ちになれるのかしら。
今まで、妊娠していても安定期に入らないおかげで周りに言えず、ボロ雑巾のように働かなければならなかったこともあった。いま思えば言っておくべきだったと思うことも。仕事を始めてからずっと黒子だったから、自分を大事にすることを知らなかった。

お腹の赤ちゃんにパパも何か声をかけてよ、とお願いしたら、「こら。蹴っちゃダメ」と説教していた。以前、膀胱蹴られてトイレが近い、とボヤいたのを、聞いてないのかと思ったら聞いていたらしい。
胎動を楽しみにしているパパが多いはずなのに、うちのパパはまずママが大事みたい。いつから赤ちゃんに興味を持つのか分からないけれど、こんなに愛されて幸せと、素直に思ってみようと思う。

お腹から出てしまったら、捕まえるのも大変なほど言うこと聞かなくなって、やがて離れて行くのだから、文字通り一心同体なのは今だけ。本当に、あと4ヶ月だけ。
一生のうちで、きっといちばん幸せな時期のひとつだと思う。

前に「幸せだなぁ」と思ったのは大学一年生で一人暮らしを始めた時だったかな(笑)

職場での妊娠報告

もちろん早い段階で直属の上司と同じ部の同僚に話していたが、6ヶ月に入り、そろそろお世話になっている人には伝えなければ、と思っている矢先に、同僚が飲み会で話したらしい。部長はあんなに気を使ってくれていたのに。
よりによって社内イチの広報ガールが出席する飲み会だったものだから、この二、三日目でだいぶ広まったのかもしれない。
本当は自分できちんと言いたかった。特に今後迷惑をかける可能性のある女性の先輩とか。

妊活中、と公言してきたのでそんなに驚かれることもないだろうけれど、やっぱりなんか嫌。これまで彼女のスピーカーっぷりには社内全体でウンザリさせられてきたけれど、自分がターゲットになったのは初めてで、怒りより脱力、これまで報告のタイミングをいろいろ考えてきたことへの敗北感を感じる。
遅かった、ということだろう。

これまで、妊娠初期にどれだけ苦労したかせいぜい慮ってくれろ。死産だったら香典ヨロシク。

良いことでも悪いことでも、人のことはペラペラ喋るもんじゃないな、と改めて思い知らされる。「え!そうなの?知らなかった〜」と言われるのがどれだけ快感だとしても。

うっかり性別判明

悪い夢は人に話してしまうのが正解。
起きてすぐ夫に「検査の結果が最悪だった夢を見たよ」と話したおかげか、結果は正常核だった。
ここで正常核だからと言って手放しで喜ぶべきではないこと、検査を受けた時点でいろいろいろいろ考えたことなのでここには記さない。

検査結果を聞きに行く朝、うっかり打ち合わせを入れてしまった夫は罪悪感からか、単に私が不安定に見えたのか、通勤遠回りして近くの駅まで一緒に来てくれた。
そういうところが愛しいのだ。夜中、トイレから戻った私を寝ぼけて歓迎してくれたり、寝言がエリーゼのためにだったり、赤ちゃんがダメでもこの人がいればいい、と思える。

で、病院では若い女性の先生が特に感慨もなく結果を伝えてくれたのだけれど、「結果の写しを渡すように」と言われたらしく、「いいのかなぁ?」と言いながらペラっと紙をくれた。
私「、、、、ハッ!」
先生「そうなんですよ、性別分かっちゃうんですよね」
私「教えないと言われてたんですけど、、」
先生「まぁ、日本では性別により堕胎する人とかあんまりいないんで」

たった今エコーで「まだ見えませんね〜」と言われた矢先の確定診断。をい。

46XXて書いてる。

ずっとタロウちゃん呼ばわりしてきた赤ちゃんが、ハナコだった。
生まれて来れなかったあの子が男の子だったこともあってか、何度もあの子がお腹とお空を行き来してくれているんだお思っていた。
当たり前のことなんだけど、そうではないんだな。また、新しい命であり、彼らの妹なのだ。

スケジュール的に1人しか産めないから、跡取り息子をお義母さんに抱かせてあげたかった気もしていた。パパも息子と遊びたかったんじゃないかなとか。

だから残念、なんていうことではないのだ。女の子だと丈夫だし、私もいろいろ遊べるし。
どんな子に育って欲しいか?
人と比べて自分を卑下したりしない、朗らかで健康な、幸せな子になって欲しい。

それって、うちの親も私に同じ願いを持っているんじゃないのか?今でも。
今からだって、親の願いに応えることができるんじゃないのか?

親の気持ち。はたと、少しずつ気づかされる。
孫だって、いたら嬉しいけどそれより娘が健康で幸福であればそれでいい、という言葉。
何度も流産する私への慰めかと思っていたけれど、本心に他ならないのだろう。

お腹が少し大きくなった今でも、孫が健康に生まれればいい、という祈りより、まずは娘が無事に過ごせたらいい、とそれだけを思っているフシを感じる。

今からでも遅くない、と思う。親の祈りを幸福の形に実現することを、私の夢のひとつに加えよう。

悪夢

悪い夢を見ないわけがないのだけれど、明日の検査結果告知を前にナーバスになっているとも思っていなかった。
元気に動いているし大丈夫、と自分に言い聞かせている。お腹の中だけじゃなく、掌にもポコポコが伝わることもある。夫にも触らせたいんだけどさすがにまだそこまで頻繁には動かない。
平気に生活してきたつもりだった。けれど、遺伝子検査の結果が最悪、という夢で目が覚めた。何かのミスじゃないか?と食い下がってもダメだった。大いに嘆いて、そのあと、「それなら夫婦で楽しく人生を楽しもう」と決意した。予定通りの夢。
こんな夢を見なかったら明日の病院も怖くなかったんだろうか。
夫に同行してもらうつもりが、うっかり打ち合わせを入れてしまったというバカタレ。
何時間も待たされる待合室、ひとりで、大丈夫かなわたし。

赤ちゃんは毎日元気。明日はもしかしたら性別もわかるかもしれないな。
母と一緒に、生まれた町の神社でご祈祷してもらった。祝詞を聞いてなぜか涙が出た。
義母は「元気に生まれておいで」とお腹を撫でてくれた。
みんなの祈りを力にして、どうか無事に生まれて欲しいのです。
会いたいよ。

幸福こわい病

美輪明宏の「正負の法則」を事あるごとに読んできたが、その内容を正しく理解していないとみえてただの「幸福こわい病」に陥っている。
かつて一緒に仕事していた気の合う先輩は4人の男の子のママだった。仕事もできて、可愛くて、ユーモアがあって、大好きな女性だった。彼女が言っていたのだ。4人目の子供がお腹に来た時、この子と引きかえに夫を失う、と予感したと。
子供の頃から「パパとママが死んだらどうしよう病」だった私が、今度は「夫が死んだらどうしよう病」に罹っただけなのだけれど、実際私が多くを望みすぎなんじゃないかと思ってしまう。
自分で住宅を購入する自由、優しくて手のかからない夫、ちょっと無理させても壊れない丈夫な体。それだけで十分なはずなのに、子どもを持つという夢にまで投資してしまった。
いま、お腹でまたピクピク元気に動いている。どうか健康で、幸せな人生を送って欲しいと祈る一方で、望みすぎ、求めすぎな自分が怖くなる。その正に対して払える負は、私にはこれ以上何があるというのだろう、と。

せっかくの健康と幸福を、素直に享受できる性格を目指すのだ。
沢田知可子よりドリカムに共感するわたし、、、想像つかないけどこのままじゃ損‼︎

胎動なのか、ガスなのか⁈

16周。デスクに座っていたら腹の下の方がぽこぽこいった。昨日も、ベッドに横になっていたらぽこぽこしてた。
例によってガスかとも思うけれど、ガスより少し外側というか、表皮に近い気がする。ストレスで瞼が痙攣するときに似ている。腹もストレスか??
無理矢理履いているストッキングを緩めたらおさまった。
いくら安定期に入ったといっても、まだまだお別れのリスクが心を占めているので、マタニティ用品は腹を冷やさないパンツしか買ってないごめん。やっぱり苦しいかい?
もしも、このぽこぽこが赤ちゃんだとしたら、これからどんどんお別れは辛くなる。どうか、さよならしないで済めばいい。
手足ぱたぱたさせて、時には検査の邪魔をするやんちゃなあなたを、抱っこしたいよ。

5ヶ月の壁

ようやく、妊娠4度目にして初めて5ヶ月を迎えた。便秘程度の腹の膨らみだが、これで妊娠してなかったら病気を疑うレベルには大きくなってきたか?
初めての腹部エコーでは、足を動かしているようにも見えて、見飽きない。いつでも見られるエコーマシーンが家にもあればいいのに。
しかし、結局お別れする可能性がないわけではないためか、夫はまったく関心を示さない。1人ではしゃぐわけにもいかず、またお別れの必要に迫られた場合にこの世の終わりみたいに嘆くことのないように、わたしも感情移入しすぎないように自制してしまう。
ごめんね、ほんとうはすべての人に心から祝福されて、大事にされるべきだと思っている。でも、今まで何度も泣いてきて、その度に家族を悲しませてきたから、今度は迷惑をかけたくないのだ。
母親になるのなら、心から愛し、心から哀しむ覚悟があるべきなのだろうけれど、弱い心で、怖がってばかりでごめんね。

でも、毎日あなたと一緒に出勤して、仕事してると思うと楽しくて笑ってしまう。会社に赤ちゃん。走らなきゃいけないときは一緒に弾んでいるんだろうなとか、重いものを持ち上げるときは一緒に気張ってくれてるかなとか、一生に一度だけ、2人で1人の時間を過ごさせてもらっている。
おかげか、運がいいと感じることも多いよ。信号が次々青になったり、バスがすぐに来たり、聞きたいラジオがちょうどぴったり始まったり、頼みの時間に雨が上がったり、旅の帰りに虹が見えたり。
天使と、一緒に暮らしているからかな。