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tichiki’s blog

共働き夫婦世帯の楽しみと葛藤。仙台にて

6月の花嫁

TBSの「ビビット」で放送していた6月の花嫁。出社早々にデスクで見てしまった。

24歳のカップル。お嫁さんのお母さんが末期がんで、親孝行するのに結婚式しか思いつかなかった、んだそうだ。お金もまだない、若いカップルだから、極力手づくりしてお金のかからない式を挙げようと準備中だった。お父さんはいない。母ひとり娘ひとりだから、お母さんが亡くなってしまったら娘は一人ぼっちになってしまう。いい人が見つかってよかった。
まぁ、よくある話だと思った。大概こういうケースは早くに家庭を持つものだし、早く結婚すればそれだけ子どもも早く授かり、失った家族のかわりに新しい家庭を築いていくのだろう。24歳だしね。
と、思った。
そうしたら、彼女は子供の頃に骨肉腫を患い、上腕の一部を失ったという。しかも成長期に抗ガン剤を使用したため、子宮が殆ど働いておらず、不妊治療をしたとしても子供を授かる確率は非常に低いのだという。
24歳。

わたしはもう40歳だから諦める時期がやってきたけれど、24歳の彼女が子供が欲しいと思っても授からないとしたら年月の長さに気が遠くなりそうだ。
それでも、その全てを受け入れた伴侶が見つかった。彼だって、子供が授かったらどんなにいいだろう、と思うこともあるはずなのだ。けれどこれから20年間、友達が次々と子供を授かる中で2人で生きていかなきゃならない。
気が遠くなるほどの、覚悟。若い2人が、笑顔で。幸せそう。
いい人が見つかってよかった。できれば孫の顔が見たいな、と言っていたお母さん。結婚式への出席は絶対に無理だと医者に言われていたのに、車椅子でフラフラになりながらも出席して、終始笑顔だった。その17日後に旅立ったという。あれほどの無理をしなければもう少し生きていられたかもしれないけれど、娘がお母さんにしてあげたいこと、を精いっぱい受け入れて、娘が一生後悔しなくていいようにしてあげたんだと思う。まさに文字通り命を削って、娘の幸せを祈っていた。
そう、お母さんは自分の幸せではなく、娘の幸せだけを祈っていた。看病のために田舎に帰ってきた娘を、やりたい仕事がある東京へと送り返して。
結婚式でお母さんの振袖を来て、お母さんを喜ばせたかった娘。そこでもやっぱり幸せなのは、お母さんの眼の前でその振袖を着ることができたことであって、娘が幸せじゃなかったら、母親はどんな親孝行も求めてはいないんだろうと思った。

わたしが、子供を産めないから親不孝だ、なんて自分を責めて苦しむことこそが、親不孝ではないか。親は、孫を抱くことで自分が幸せになりたいんしゃない。自分の子供こそが、幸せであって欲しいと願うだけなのだ。孫が産まれたらもちろん嬉しい、けれど、孫の顔も見せてくれない、と子供を恨むことはありえない。どんな姿でもいいから、子供にただ幸せでいてほしい、そう思っているはずなのだ。

夫も、子供を産めない私を、母親になれない私を不完全だなんで思わない人だから。そのことで苦しむ私を見るのが一番辛いことだろう。私の子供と結婚したんじゃない。私と、結婚したのだ。もしかしたら子供を産めない体かもしれない24歳の彼女との結婚を決めた彼も、ただその彼女と一生幸せに暮らしたいと願っているだけなのだろう。
幸せに、楽しく、穏やかに。

彼女は愛されている。障害があっても、ふた親を亡くしても、目の前の幸せを大事に生きている。わたしは、目の前の幸せから目を背けて、手に入らなかったもの、過去の小さな傷、他人との比較、そんなものに囚われている。わたしもこんなに愛されているのに。

若い2人の笑顔が、わたしも目を覚ませと言ってくれている。あなたは、やっぱり幸せなんだよって。愛されているよ、って。