tichiki’s blog

共働き夫婦世帯の楽しみと葛藤。仙台にて

自分を、ダメな人間だと信じる悪夢

今まで信じていたことを手放してみるといいそうです。
私が人並みの合格点を取るには120点を目指さなきゃならないとか、
私は優しくない人間だから思った通りに生きたりしたら人を傷つけるとか、
人形みたいに何もできないお嬢様だから常に頑張って気を張って行動しなきゃいけないとか、
それは思い込みというより親や友達に言われて思い知らされたことではあるのだけれど、
言われた記憶すら悪夢や誤解かもしれない。

誰か政治家あたりが、子供を産まない女性は機械以下だなんて言ったことが本当にあろうか?
子供を産まない私が親不孝だなんて、本当に、うちの親が思っているだろうか?

まさに、自分を卑下するために私が信じている悪夢に過ぎない。

たまたま見た心屋仁之助のブログ記事。
意識高い系の、ビジネスマン向けの追い込み記事を読んで、新しい職場でなんとか頑張らなきゃ、と自分を鼓舞する合間に。

自分を貶める人生は、もう終わりでいいんじゃないかなぁ。
できれば、今日で終わりにしたい。
早く終わりにすれば、本当の寿命が尽きるまで一日でも長く楽で幸せで楽しい人生を送れるでしょう?

ダメ人間を思い知らされながら、この1ヶ月を一生懸命働いた。忙しい、時間がない、を繰り返す同僚の雑用を引き受けて、彼が少しでも楽になるように、他の人が少しでも仕事しやすくなるように、頑張った。
私にはこんな仕事しかできないから、できることだけ、一生懸命。
そうしたら、嘱託のおじさんから酒の席で、「あなたが来てから仕事のスピードが変わった。自分も仕事しやすくなった。これが仕事だよな、と思う。まるで男性のように判断が早くて驚いている」と言われた。
誰でもできることをひとつひとつこなしているだけで、あまりに簡単なことばかりで卑屈になっていただけに、それを褒めてくれる人がいるなんて。

人がときどきこうして私を認めてくれていることを、そっちの方を夢か幻と考えて生きてきたのではないか?
ご飯も作らない、掃除もしない、そんな私に「頑張らなくていいよ」と言ってくれる夫の言葉すら信じてなかった。
あなたを産んでよかった、という母の言葉すら信じてなかった。

あなたでよかった。あなたがいなくなって、こんなに仕事してたのか、って知った。あなたが担当していた時がいちばん楽しかった。
たくさんの言葉をもらったのに、全てお世辞か慰めだと「信じて」いたのだ。

その言葉の贈り物こそを信じればいいだけなのに。
褒められた自分なんて、本物じゃない、その根拠はどこにあったのだろう。

もう大丈夫だよ、って。全部本当だから、自分を信じていいよ、って。
人生のあと半分をそうやって揺るがずに生きたい。なんとか、生きたい。
自分も人も許せない妖怪見張りババアは退治するのだ。