tichiki’s blog

共働き夫婦世帯の楽しみと葛藤。仙台にて

もうすぐ5年

地震から5年。あの時メディアは果たすべき情報の開示をしてこなかったという検証がなされている。
もう一度あの日に戻ったとしたら、「原子力発電所が爆発しそうです。被爆の危険がないところへ直ちに避難してください」「原子力発電所が爆発しました。大量の放射線がこちらへ向かっています。直ちに安全な場所へ避難してください」と言えるだろうか。明日から雨が降ります。屋内へ避難してください、ということすら、それができない人がいることが分かっているのに。だから運に委ねるしかないとか、知らない方がいいこともあるとか、言い逃れをしたいわけではないのだけれど。
あれから5年、被災地のいまを伝えるというこ試みは、メディアに都合の良いストーリーを探しているにすぎない、と言われている。
あの日の翌日、結婚式場を申し込みに行くはずだった。それを延期して、新婚旅行も2年伸ばして、被災地の取材を続けた。休日すら、ドライブに出掛けたのは全て被災地。今年に入り、311が近づくにつれ休日はなくなり、帰宅時間は遅くなっていく。そんな夫が探しているのは、ストーリーにすぎないと、そう言い切ることは誰にできるのだろう。
震災で、家族を亡くしたわけでもない、家をなくしたわけでもない、そんな私たちに分かるハズがない。確かにその通りだけれど、取材先で変わり果てた故郷の姿に歯を食いしばって涙をこらえた、取材の合間に亡くなった従兄弟に手を合わせた。その気持ちは5年経っても変わらない。