tichiki’s blog

共働き夫婦世帯の楽しみと葛藤。仙台にて

流産から始まりまして

率直に文字にすることがどういうことか、試してみたくなった。

つぶやくとか、つながるとか、そういうの外して、解放した場合、何が残るのか。実験でありトレーニングでもあり。

3度目の流産から最初の生理が来たので、何かを始める日としたく。


2度目までは自然流産だったので、ある意味「産み落とした」感はあった。ぼとり、と。涙も出たけれどデトックスにもなった。あの子が、私の悪いものを天に持っていってくれた。でも検査のために手術を選択した今回は、「はい、終わりましたよ」と言われて目が覚めた時にはお腹が空っぽになっていた、らしい。らしい、と言うしかない感覚。

涙もでない。


それでも生理が来たということは、また体が一周したということ。若い頃から生理痛も軽く、生理の役割も鬱陶しさも感じて来なかったけれど、最近では一度生理が来るたびに憑き物が落ちる感じを覚える。

それは古い血を排出する清々しさと同時に、また貴重な卵とお別れした証しでもあり、はて、あなたは将来どうするんだい?と問われる日でもある。


あと4日ほどでやってくる節分を機に、9年に一度の大不運に突入するらしい。さてどれほどの不運が押し寄せるのか。子ども、四人も殺したけれど、故郷が健在で、夫も優しくて、東京に遊びに行けば妹が青山でビールご馳走してくれて、泣けるほど幸せだと思っている私のもとへ。この仙台へ。